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2026/08/13 10:21

前回は「珈琲の起源と伝播」として、エチオピアを起源とする珈琲が、イエメンを経て世界へ広がっていった歴史についてお話しました。今回は、その続きです。


テーマは「珈琲の品種」
珈琲豆の袋やメニューを見ていると「ブルボン」「ティピカ」「カトゥーラ」「ゲイシャ」といった名前を見かけることがあります。これらは、コーヒーノキの「品種」の名前です。お米でいうコシヒカリやササニシキ、葡萄でいうシャルドネやピノ・ノワールのようなものですね。ただ、珈琲の品種はとにかく名前が多い。

調べ始めると、「カトゥーラの親がブルボンで、カトゥアイはムンドノーボとカトゥーラの交配で……」と、だんだん何の話をしているのか分からなくなってきます。ですので今回は、難しく考えるのをやめましょう。実は珈琲の品種は、「家系図」として見ていくと、かなり分かりやすくなります。世界にはたくさんのアラビカ種の品種がありますが、まず覚えてほしい名前は二つだけです。ティピカブルボンです。

前回の記事でもお話したように、アラビカ種の原産地はエチオピアです。そこからイエメンへ渡った珈琲のうち、後に世界中へ大きく広がっていった代表的な系統がティピカとブルボンです。現在栽培されている伝統的なアラビカ品種の多くは、この二つの系統につながっています。言ってみればティピカとブルボンは、現代の珈琲品種の大きな「ご先祖様」のような存在なんですね。では、この二つから見ていきましょう。

1.ティピカ 上品なご先祖様
ティピカは、アラビカ種を代表する歴史ある品種です。イエメンからインド、ジャワ、ヨーロッパを経て、中南米へと広がっていきました。現在では多くの品種の祖先にもなっています。木は比較的背が高く、収穫量もそれほど多くありません。さらに病気にも強いとは言えないため、生産者にとっては少し手のかかる品種です。それでも長く栽培されてきたのは、品質の高さが評価されてきたからです。味わいは一般的に、すっきり、上品、きれいな酸味といった印象になりやすいと言われています。もちろん、産地や精製方法によって味は変わります。主にペルー、ドミニカ共和国、ジャマイカなどで栽培されています。ジャマイカの有名なブルーマウンテンにも、ティピカ系統が使われています。豆の繊細さを楽しむのであれば、浅煎りから中煎りあたりで仕上げられることが多い品種です。

 2.ブルボン 甘さが魅力のもう一人のご先祖様
ティピカと並ぶ、もう一つの大きな存在がブルボンです。イエメンから、現在のレユニオン島であるブルボン島へ渡ったことからこの名前が付いています。その後、中南米やアフリカへと広がっていきました。ブルボンもまた、後にたくさんの品種の親となります。味わいは一般的に、やわらかな甘味、丸み、果実感を感じやすいと言われています。ティピカが「上品ですっきり」だとすれば、ブルボンは「やわらかく甘い」といったイメージでしょうか。エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ペルーなどで多く栽培されています。また、ブルボン系統はルワンダやブルンジなど東アフリカでも重要な存在です。浅煎りで果実感を楽しむのも良いですし、中煎り程度まで進めて甘味を引き出すのも面白い品種です。・・・そしてある日突然、背の低いブルボンが現れました。ここから、珈琲の家系図が少しずつ枝分かれしていきます。その最初の例が「突然変異」です。突然変異と聞くと少し難しく感じますが、簡単に言えば同じ品種を育てていたら、偶然ちょっと違う特徴を持った木が生まれたということです。

3.カトゥーラ  偶然生まれた小さなブルボン
ブラジルでブルボンを栽培していたところ、ある時、通常より背の低い木が見つかりました。これがカトゥーラです。つまり、ブルボン→突然変異→カトゥーラという関係です。背が低いということは、同じ農園の中により多くの木を植えることができます。これは生産者にとって大きなメリットでした。味わいは一般的に明るい酸味、ほどよい甘味、すっきりした印象になることがあります。中米を中心に広く栽培され、コロンビアでも歴史的に重要な品種でした。浅煎りから中煎りまで、比較的幅広く楽しめる品種です。植物を育てていたら偶然違う特徴の木が生まれ、それが世界中に広がっていく。品種の世界ってなかなか面白いですよね。今度はティピカとブルボンが出会います次は「自然交配」です。人間が意図的に掛け合わせたのではなく、自然の中で異なる品種同士が交配して生まれたものです。

4.ムンドノーボ ティピカとブルボンの子ども
ムンドノーボは、ティピカ × ブルボンの自然交配によって生まれました。ブラジルで発見され、樹勢が強く生産性も高かったことから広く栽培されるようになります。つまり、二大ご先祖様であるティピカとブルボンが、ここで再び一つになったわけです。味わいは一般的に、甘味、コク、ナッツやチョコレートを思わせる風味と表現されることがあります。特にブラジルで重要な品種です。中煎りから深煎りにして、甘味やコクを楽しむのも相性が良く、エスプレッソにも使いやすいタイプです。ここまでは、突然変異や自然交配によって品種が生まれてきました。やがて人間は、「この品種と、この品種を掛け合わせればもっと育てやすくなるのでは?」と考えるようになります。ここからは人工交配の登場です。

5.カトゥアイ 良いところを組み合わせる
カトゥアイは、ムンドノーボ × カトゥーラを人の手で交配して作られました。ここまでの流れを整理すると、ティピカ × ブルボン=ムンドノーボ、ブルボン→カトゥーラそして、ムンドノーボ × カトゥーラ=カトゥアイとなります。こうやって見ると、少しずつ家系図らしくなってきましたね。カトゥアイは、生産性の高いムンドノーボと、背が低く管理しやすいカトゥーラの特徴を組み合わせる目的で作られました。現在ではブラジル、ホンジュラス、コスタリカ、グアテマラなどで広く栽培されています。味わいは一般的に、甘味と酸味のバランスが良く、飲みやすいタイプになることがあります。浅煎りから中深煎りまで、幅広い焙煎に対応しやすい品種です。

6.SL28  ケニアを代表する個性派
ここで少し家系図から離れて、アフリカへ行ってみましょう。SL28は、1930年代にケニアで選抜された品種です。「SL」という名前は、当時の研究機関Scott Agricultural Laboratoriesに由来します。現在の研究では、ブルボン系統との遺伝的な関係が確認されています。SL28の魅力は、その華やかな果実感です。高品質なものでは、ベリー、柑橘、黒系果実を思わせるジューシーな味わいとして表現されることがあります。ケニアの珈琲を飲んで、「なんだかジュースみたいに果実感があるな」と感じた経験がある方は、もしかするとSL28だったかもしれません。主にケニアで栽培され、ウガンダなどでも見られます。果実感を活かすため、浅煎りから中浅煎りで仕上げられることが多い品種です。

7.パカマラ  ティピカ系とブルボン系がもう一度出会う
パカマラはエルサルバドルで生まれた交配品種です。親となったのは、パカス × マラゴジッペです。パカスは、ブルボンから生まれた突然変異品種。マラゴジッペは、ティピカから生まれた突然変異品種です。つまりパカマラは、ブルボン系 × ティピカ系ということになります。特徴の一つが、豆の大きさ。非常に大粒になることがあります。味わいも個性的で、高品質なものでは、果実感、花のような香り、スパイス感など、複雑な表情を見せることがあります。特にエルサルバドルを代表する高品質品種の一つです。浅煎りから中煎りで、その複雑さを楽しむことが多い品種です。ところが、この家系図に入らない有名人がいますここまで、ティピカ、ブルボン、そしてその子孫たちという流れを見てきました。ですが、スペシャルティ珈琲の世界で非常に有名なのに、この家系図には入らない品種があります。それが、ゲイシャです。

8.ゲイシャ/ゲシャ  別ルートから現れたスター
ゲイシャは、ティピカやブルボンから派生した品種ではありません。エチオピアに存在していた別の在来系統に由来します。1930年代にエチオピアで採集され、その後タンザニア、コスタリカを経てパナマへ渡りました。そして2000年代、パナマの品評会で高い評価を受け、一気に世界的な有名品種となります。高品質なゲイシャでは、ジャスミンのような花の香り、ベルガモット、柑橘、桃、紅茶などを思わせる華やかな香味が感じられることがあります。主に有名なのはパナマですが、現在ではコロンビアやコスタリカなど、さまざまな国で栽培されています。その華やかな香りを楽しむため、浅煎りで提供されることが非常に多い品種です。高価なゲイシャを真っ黒になるまで深煎りにするのは……もちろん好みなので自由ですが、個人的には少し勇気がいります。

珈琲の品種は「美味しさ」だけを求めているわけではない
ここまでのお話では、美味しい珈琲を作ることや、栽培しやすい珈琲を作ることを中心に見てきました。ところが、珈琲栽培にはもう一つ、とても大きな敵があります。それが、病気です。特に有名なのが「コーヒーさび病」。この病気は、世界各地の珈琲農園に大きな被害を与えてきました。そこで人間は考えます。「病気に強いアラビカ種を作れないだろうか?」ここから品種改良は、また新しい方向へ進みます。

9.カティモール 病気に負けない珈琲へ
カティモールを理解するために、まず「ティモール・ハイブリッド」という珈琲を知る必要があります。
ティモール島で、アラビカ種 × カネフォラ種が自然に交雑して生まれたものです。カネフォラ種というのは、いわゆるロブスタとして知られる珈琲ですね。カネフォラ種は、アラビカ種に比べて病気に強い特徴を持っています。そこで、このティモール・ハイブリッドとカトゥーラなどを掛け合わせ、病害への強さを持たせようとしたのがカティモール系統です。つまり、美味しさだけでなく、生き残る強さを求めた珈琲とも言えます。カティモールは厳密には一つの品種ではなく、似た親を持つ品種群です。そのため、味わいも一括りにはできません。以前は品質面で低く評価されることもありましたが、現在では高品質なものも数多くあります。中南米、アジア、アフリカなど世界各地で栽培されています。

10.セントロアメリカーノH1 現代の珈琲づくり
そして最後は、現在の品種改良を象徴するような珈琲です。セントロアメリカーノH1は、F1ハイブリッドと呼ばれる品種です。F1ハイブリッドと聞くと難しそうですが、考え方はシンプルです。人間が、病気に強くて、たくさん収穫できて、しかも美味しい珈琲を目指して作った品種です。親となっているのは、T5296という病害耐性を持つ系統と、ルメ・スーダンというエチオピア系の遺伝的背景を持つ品種です。つまり現代の品種改良では、「たくさん採れる」「病気に強い」だけではなく、「美味しい」まで一緒に求めるようになっているんですね。高品質なものでは、果実感や花のような華やかな香りを感じることがあります。主にコスタリカなど中米で栽培されています。

結局、品種が違うと味も違うの?
ここまで読んでいただくと、「じゃあブルボンを買えば甘くて、ゲイシャを買えば花の香りがするの?」と思うかもしれません。ですが、ここが珈琲の面白いところです。答えは、「必ずしもそうではありません」同じブルボンでも、エルサルバドルとルワンダでは味が違います。同じゲイシャでも、パナマとコロンビアでは違います。同じ国でも、標高や気候、土壌が違えば味は変わります。さらに、ナチュラルなのか、ウォッシュドなのか、どのように焙煎されたのか、によっても印象は大きく変わります。つまり品種は、「この味になる」という答えではなく、「こんな味になる可能性がありますよ」というヒントなんですね。個人的には、品種は珈琲の「キャラクター」の一つだと思っています。同じ人でも、育った環境や経験によって性格が変わるように、珈琲も品種だけですべてが決まるわけではありません。

品種を知ると、珈琲選びが少し楽しくなる
今回ご紹介した10種類を、全部覚える必要はありません。まずは、ティピカとブルボンという大きなご先祖様がいるということ。そしてそこから、突然変異したり、自然に交配したり、人間が掛け合わせたり、しながら現在のさまざまな品種が生まれてきた。これだけ覚えておけば十分です。そして次に珈琲豆を買う時、袋の裏をちょっと見てみてください。「品種:ブルボン」なんて書いてあったら、「あ、あのブルボンか」と思うかもしれません。また別の日に違う国のブルボンを飲んで、「同じ品種なのに全然違うな」と感じたら、それも珈琲の楽しさです。産地だけを見るのではなく、品種という視点が一つ増える。それだけで、いつもの一杯が少しだけ面白くなると思います。そして、「この豆の親は何なんだろう?」なんて調べ始めたら……もうかなり珈琲の沼に足を踏み入れています。

それでは、ハヴァグッドコーヒータイム。